#1 平安時代
「なぜ敵味方の武士が同じ寺に眠る?」平敦盛と熊谷直実
3週にわたって歴史の偉人たちのお墓を訪ね、その人物のエピソードからお墓の在り方を学び、
また、それと同時に、知られざる庶民のお墓の歴史にも焦点を当て、
改めて日本を見つめ直してみようという番組です。
#1では「平安時代」のお墓を見ていきたいと思います!
平敦盛と熊谷直実は、平安時代の武士。
平氏と源氏、源平合戦で
戦ったふたりのお墓がなぜ同じ場所にあるのか・・・
お墓を見ると、日本人の文化や、社会、歴史などが見えてくる。
まだ、知られざるニッポンを紐解いていきます。
京都市左京区にある1175年に創建された金戒光明寺、その格式が高いお寺に建てられた平敦盛と熊谷直実の供養塔。
熊谷直実は15歳の平敦盛の首を取った際「後のご供養をお約束します」と泣きながら刀を手にしたといいます。
平敦盛と熊谷直実お墓は正確には墓塔ではなく、供養塔。この当時の墓石は、誰が死んだかを表す意味はなく「仏塔を建てることで死者を供養する」という、今よりシンプルな意味合いのものだった。
模型を使いながら、知られざる庶民のお墓の歴史にも焦点を当てる。お墓を見ると当時の日本人の生死観や文化、歴史が見えてくる。
「墓石ほど情報量が豊富なものはなかなかないんですよと」朽木教授は語る。