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  2004年9月11日(土) 午後7時〜8時54分放送
旅人/小田 茜 ナビゲーター/竹中直人
語り部/浜村 淳 骨董屋の主人/佐川満男
ナレーション/鳳 八千代・酒井健治(テレビ大阪アナウンサー)
  ●「千年の涙」みどころ 放送予定
    番組のみどころを紹介したミニ番組の放送予定日時

  ●8月4日(水)浜村 淳×皆元洋之助 特別対談
    番組内で語り部として登場するタレントの浜村 淳さんと、番組の皆元洋之助監督に、
    放送に先駆けて、斎王についてお話しをうかがいました。
  ●7月22日(木)番組記者会見
    斎宮があったと言われる三重県明和町で、ロケ中の小田 茜さんを囲んで、
    番組の記者会見が行われました。その模様を、ご紹介します。







歴史の表舞台に出なかった、いにしえの姫君「斎王」とは?
女たちの涙に支えられた、美しく、せつない歴史があった

“斎王”って、ご存知ですか? “斎王”とは、むかしむかし、天皇の代わりに伊勢の神様にお仕えした、姫君のこと。飛鳥時代あたりから約660年間にわたって、60数人もの姫君が親や恋人たちと別れ、神に人生を捧げたそうです。しかし、あまり表舞台に出ることのなかった姫君たちの悲しい歴史は、今も、謎に包まれたまま・・・。テレビ大阪では、この秋、“斎王”を追った歴史紀行ドキュメンタリー&ドラマを放送。それに先駆けて、番組内で“斎王”のエピソードを語ってくださる浜村 淳さんと、番組の監督・皆元洋之助さんにお話をうかがいました。




話し手・語り部/浜村 淳(タレント)

 

話し手・監督/皆元洋之助
 

インタビュアー/黒部亜希子
        (テレビ大阪 アナウンサー)

○神へ人生を捧げた、姫君

黒部:
斎王は、どんな女性でしたか?

皆元:
斎王は、天皇の代わりに伊勢の神・天照大神(あまてらすおおみかみ)に仕えた姫君のこと。天皇が代わるたびに、皇室の未婚の女性から新しく選ばれました。

浜村:
斎王に選ばれると、俗世間から離れ、家族や恋人からも引き離されて、伊勢へと旅立ったのです。

皆元:
しかも、天皇の退位や崩御、肉親の不幸などない限り、都へは帰れないのがきまりでした。

黒部:
人生を神に捧げるなんて…今では考えられませんね。

浜村:
これは飛鳥時代に本格的に始まった制度なんですよ。“壬申の乱”で勝利をおさめた天武天皇が、そのお礼に娘の大来皇女(おおくのひめみこ)を伊勢につかわせたあたりからと言われています。

皆元:
その後、660年ほどの間に60数人もの女性が斎王に選ばれ、かわるがわる伊勢へ赴いたのです。

黒部:
60人も?葵祭りで「斎王代」とは聞いたことがありますが…。教科書には出てこないし、斎王という言葉もあまり知られていませんよね。

皆元:
次第に歴史に埋もれてしまったんです。残された文献も少ないし、まだ分かっていないことの方が多い。いまだ多くの謎に包まれた女性なんですよ。

浜村:
古代の日本では、天皇を中心に男性が権力を握っていましたしね。

皆元:
しかし、その陰で斎王という女性が天皇や民衆を支えていたことが分かってきたんです。古代において斎王は、重要な役割を担っていた人物だったんですよ。1970年になって、三重県明和町にある“斎宮”で遺跡が発見され、それから少しずつですが、斎王の謎がひも解かれてきました。



○60人の姫君に、60通りのドラマ

浜村:
斎王のなかには、50年も神に仕えた姫君もいるんですよ。彼女はとても才女でしたので、和歌を詠むことや絵を描くことに優れた人が、周りにたくさん集まった。斎宮に、貴族文化としての、いわゆる一大文芸サロンができたのです。

皆元:
なるほど。斎宮では、たくさんの歌が詠まれていますね。

浜村:
「わが背子を大和へ遣るとさ夜更けて 暁露にわが立ち濡れし」。これは、大来皇女が伊勢の地で読んだとして『万葉集』に残されている歌。もうすぐ死んでしまう弟を見送る、せつない思いが描かれています。

黒部:
他にもエピソードはあるのですか?

皆元:
『伊勢物語』にも書かれていますが、在原業平と恬子(やすこ)内親王がモデルとされている、悲恋の話もありました。これは番組でも浜村さんに語っていただいています。

浜村:
斎宮で出逢った二人は、互いに一目惚れしてしまうんです。でも、結ばれてはいけない運命でしょう?別れの時、つらい思いを詠み交わした歌が『千載和歌集』に残されています。

黒部:
え・・・斎王は恋もしてはいけなかったのですか?

浜村:
そのとおり。結婚を約束した恋人と別れて、斎王になった姫君もいましたね。

皆元:
他に、幼い斎王もたくさんいたそうですよ。番組で登場する後朱雀天皇の娘・良子(ながこ)内親王は、10才で伊勢へと旅立ちます。5歳で斎王に選ばれた姫君もいたとか…。小さな女の子が親や都から離れるのは、寂しくて、つらかったことでしょう。

黒部:
自由のきかない、悲しいさだめ…。さまざまな涙があったんでしょうね。



○神へと近づく、決意の旅

黒部:
斎王は、京都から伊勢に旅をしたと聞きましたが・・・?

皆元:
まず3年間、京都で斎王になるための準備をします。その後、500人ほどの行列を組み、5泊6日かけて伊勢へと旅立ちます。この京都から伊勢への大パレードは、「群行」と呼ばれていました。

黒部:
500人もの大人数で!?どんな旅だったのでしょう。

皆元:
「葱華輦(そうかれん)」という輿に乗った斎王を中心に、馬や牛車に乗った人や、豪華な道具を持って歩く人がいたり。かなりの大行列だったようです。途中、滋賀県の勢多(瀬田)、甲賀、垂水、三重県の鈴鹿、一志の5カ所に「頓宮(とんぐう)」という宿泊地をたて、そこに泊まりながら目的地の斎宮を目指しました。どんどん離れる都を思い、旅ゆく不安と淋しさから、涙を流した斎王も多かったようです。

浜村:
群行コースの一部は、『源氏物語』でも描かれていますね。秋に艶やかな紅葉が見られる逢坂峠を越えて、湖畔に出る。しばらく琵琶湖のほとりを歩く華やかな行列は、素晴らしい眺めだったと思いますよ。

皆元:
それから琵琶湖の勢田橋(現・瀬田の唐橋)を渡って。ここから眺める近江富士も美しい。

浜村:
近くに紅葉や名月が美しい石山寺もありますし。四季を通じて琵琶湖のあたりはきれいですよ。

黒部:
今回、女優の小田 茜さんが、その群行ルートを旅されたんですよね。

皆元:
同じルートをたどることで、斎王の謎や心情に迫ってみたのです。旅を進めるうちに、小田さんものめりこんでいったようでした。鈴鹿のお寺で出会った尼さんとは、斎王の話を通じて心に通い合うものがあったようです。女性としてのやさしい、素顔の小田 茜像が出ていました。斎王の心情や、京都・滋賀・三重の美しい風景も、番組でお楽しみいただければと思います。



○大きな平和にかくされた、小さな思いやり

黒部:
この番組を通じて、現代を生きる女性たちに、どんなことを感じてほしいですか?

浜村:
今の女性は幸せなことに、自由に暮らせますよね。しかし過去には、斎王のように身を慎しみ、神を敬いながら人々の平和を願って暮らした女性もいたのです。この事実を知り、今の世の中でも、「恋人ができますように」「宝くじが当たりますように」・・・などと自分のご利益ばかりを神に願うのではなく、誰かの幸せを願うことがあってもいいのでは?自分の道を突き進む女性もカッコイイですが、誰かの幸せを願って生きる女性もステキだと思いますよ。

皆元:
古代の人々は、神に現世利益を願うよりも、神を敬い、畏れていました。何かが起こる原因には、神の怒りが存在すると信じられていたのです。「悪いことをしたらバチがあたる」というのも、その名残ですよね。災いが人々に起こらないよう、国の平和を願って神への祭祀を行うのが、斎王の役目だったのです。ですから庶民には、世の中を守ってくれるのは斎王だと信じられ、心の支えになっていたようです。

黒部:
そういえば斎王がいた時代には、大きな戦乱が起きてないらしいですね。

皆元:
そう。平和を守った一役を、斎王が担っていたと考えてもいいかもしれませんね。

浜村:
斎王のように人の幸せを願い、思いやる気持ちがあれば、今のような凶悪犯罪が続出することはないと思うんです。

黒部:
歴史は今と決して無縁じゃないですよね。

皆元:
表現や形は変わりながらも、根底に流れている精神は、古代から脈々とうけつがれてきているものですからね。斎王のような歴史がこの日本にあったことを知り、今の自分の行動や気持ちを見つめ直すきっかけを、番組を通じて見つけていただければと思います。







とき:2004年7月22日(木)
ところ:いつきのみや歴史体験館
 



7月22日「いつきのみや歴史体験館」にて、シリーズ歴史スペシャル もうひとつの歴史「千年の涙 〜悲しみの皇女“斎王”の謎〜」の記者会見が行われました。番組では、旅人という形で斎王をめぐって旅をする、小田 茜さん。撮影で十二単姿だった小田さんを中心に、撮影の裏話や感想などが語られました。


 
 
 
プロデューサー:
テレビ大阪がお送りする、もうひとつの歴史シリーズの第2段「千年の涙 〜悲しみの皇女“斎王”の謎〜」。そのロケが、現在進められております。斎王には「群行」という、京都から伊勢まで旅するルートがあります。そのルートを小田さんと旅する形でロケを進め、面影が残る建物や石碑などを訪ねながら斎王の悲しみ・謎などに触れてみました。そして到着地である斎宮(さいぐう)という宮があったと言われるのが、ここ“斎宮(さいくう)”(三重県明和町)。ですからゆかりの地であるここで、会見させていただくことになりました。

記者:
小田:
小田さん、今、十二単を着てらっしゃいますが、暑いですか?
暑いですね。ロケ中、ずっとお天気に恵まれすぎちゃいまして。私は日陰でほどよく休ませていただいているので大丈夫ですが、スタッフの方が気の毒でした。(※ロケ中は、記録的な猛暑でした)

記者:
小田:
十二単は、初めて着られましたか?
初めてです。暑いし、重いし、ズレないし、3人がかりでないと歩けなくて、少し大変。でも、人生の中で何度も着れることはないと思うので、嬉しいです。一枚一枚着せて頂いてるとき、気持ちが変わっていく自分に、喜びを感じました。

記者:
小田:
斎王をめぐる旅をしてみて、どういったことを思いましたか?
台本をいただいた時、斎王という言葉も知らなかったし、何なのかも分からなかったんですね。人なのか、モノなのか、行動なのか、ちんぷんかんぷんで。台本や資料を読み、斎王がたどった道を実際に歩くことで、こういうものだったのかなあと、斎王制度や斎王の気持ちがなんとなく分かってきたような気がします。

記者:
小田:
タイトルに「悲しみの皇女“斎王”」とありますが。その人生をどう思いますか?
時代背景も今とまったく違うので、想像でしかないのですが…。旅をしながら、斎王はとても淋しくて複雑な思いだっただろうなと感じました。幼いうちから自分の意志と関係なく伊勢へ行くことを命じられ、いつ都へ、家族の元へ帰れるのか分からないですからね。今日、十二単を着せてもらって思ったのですが、もしかしたら自分の意志が言える状況じゃなかったのかも。これを着ると、ひとりでは歩くこともできませんからね。それで幸せだった人もいるかもしれないけど、現代生活をしている私たちには、とても不自由で大変な生活だっただろうと思えるんです。

記者:
小田:
小田さんの今までの人生と重ね合わせて見てみた部分はありましたか?
それはありませんでした。時代背景も違いますし。私は、自分の意志を通して今の仕事をしていますから、自分の意志が通らなかった斎王とまったく違うと思いますので。

記者:
小田:
旅をしてきて、素敵だった場所や風景的な思い出はありますか?
三重県には初めて来たのですが、すごく自然がいっぱいあって、美しかったですね。琵琶湖もとてもきれいでした。伊勢神宮も初めて行ったのですが、とても神聖な空気に包まれました。心も癒されましたね。

記者:
プロデューサー:
なぜ斎王にスポットをあてたのですか?
テレビ大阪では、歴史シリーズという番組でまず弁慶に、次に芭蕉にスポットをあてました。芭蕉の時から、「もうひとつの歴史」というサブタイトルをつけたのですが、歴史シリーズ3作目、「もうひとつの歴史」では2作目となる今回、ちょっと知られざる歴史に触れてみようと考えたのです。そこで、「斎王」にスポットを当てました。斎王は、ほとんどの人が知らないというミステリアスな世界がありますので、そこにスポットを当てることで、「もうひとつの歴史」という新しいジャンルを深めてみようとチャレンジしました。

記者:
斎王歴史博物館・
榎村さん:
葵祭りに「斎王代」というのが出てくるのですが、斎王とは違うのですか?

葵祭りの「斎王代」は、京都・賀茂神社に仕えた斎王をさしています。今回番組で取り上げるのは伊勢の斎王のことなので、少し違います。賀茂神社には平安時代の初めに、伊勢神宮に習って斎王が置かれたものです。葵祭りという京都をあげての賑やかなお祭りをするので、「斎王代」の方が有名ですが、実際には、伊勢の斎王の方がルーツなのです。今回の番組を通じて、斎王の歴史を多くの方に知っていただけたらと思います。







 


 番組のみどころを紹介したミニ番組の放送予定日時

9月6日(月) よる8時54分〜9時00分  9月10日(金) よる10時48分〜54時

9月7日(火) あさ10時40分〜55分    9月11日(土) ひる1時30分〜45時