シリーズ13億人の深層 第3章
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2009 年 9 月 12 日

9月ロケ6日目:天空村 母娘2人の生活

朝、6時起床。この日も朝日の撮影にトライしました。昨夜はゴキブリのせいでほとんど眠れず、本当に朝が来るのが待ち遠しく感じました。このあと2日も耐えられそうにないので朝日撮影が終わるとホテルを変えることにしました。

待ち遠しかった朝

待ち遠しかった朝

その後、標高3000mの山の村へ。長男ムティも隣村の小学校に4年生として編入し寮生活をしています。今日は土曜日で小学校が休みなので残された母親と末っ子のアカ2人だけの家庭生活を撮るのが目的です。2月、最初に来た時には5人いた家族が父は出稼ぎ、長男長女が遠くの小学校に行っているので今は2人になりました。
昼過ぎになると、畑でまだ残っているじゃがいもの収穫。周囲には美しい夏山の景色が広がっていましたが、対照的にアカは風邪気味で、母レブジホさんも体が良くないのでじゃがいも堀りはとても辛そうでした。でも今は他に作業をしてくれる人もいません。
夕方まで待って2人きりのじゃがいもだけの夕食を撮影し午後7時ごろ撮影終了しました。

家の前に座る 母とアカ

家の前に座る 母とアカ

農作業はすべて母1人で・・・

農作業はすべて母1人で・・・

この日、小林さんと新しい通訳、蒋秀美さんが同行してくれました。蒋さんはイ族で日本語職業クラスの1期生です。日本語も少しできます。今月から阿蘇さんの信頼農園で働くことになったということです。8月ロケ以降のイ族語翻訳もやっていただけることになり翻訳者不足の悩みが解決しました。そして小林さんには最後のインタビューでこれまでに感じたこと、後任がいないことなどについての思いを語ってもらいました。詳しくは番組で。

道路に寝る子ども 危ない!

道路に寝る子ども 危ない!

近所の赤ちゃんを抱っこ

近所の赤ちゃんを抱っこ

2009 年 9 月 11 日

9月ロケ5日目:民族中学校の日本語クラスを訪ねて&史上最恐の夜(2)

恐怖の夜を乗り切り朝がやって来ました。湖で朝日を撮る予定なので6時起床です。集まって皆に話しを聞くと増田カメラマンの部屋以外は全ての部屋でゴキブリが出現していました。しかも複数・・・

朝日を待ち構える増田カメラマン

朝日を待ち構える増田カメラマン

この湖は3個の太陽で有名

この湖は3個の太陽で有名

この日は標高3000mの小学校に行くつもりでしたが、聞くと「教師節」という祝日で、教師は皆休みとのこと。(いつも直前になって発覚します)当然学校も休みなので仕方なく急遽予定を変更し午前中は再び喜徳県に、そして午後は小林さんが勤務する民族中学の日本語職業訓練クラスにお邪魔することにしました。

まずは喜徳県に。阿蘇さんが企画した稲刈り体験で、成都イトーヨーカ堂の中国人バイヤーや喜徳の光の消費者代表が招待されていました。市場関係者へのこうした働きかけからも、“支援から自立へ”という土屋さんたちの考えが 地元の人たちによって具現化されてきていることが分かります。私たちはバイヤー、消費者にそれぞれインタビュー。

左3人がバイヤー 右2人は消費者

左3人がバイヤー 右2人は消費者

立派に実った喜徳の光

立派に実った喜徳の光

有機米が安全安心ということはもちろん分かっているのでしょうが、実際にこの土地をみて、その自然の素晴らしさに皆さん感激したようでした。バイヤーからは今後も喜徳の光を扱って行きたいとの力強いコメントも引き出すことが出来ました。
土屋さんはちょうど1ヵ月後、10月10日に任期を終えて新米の発売を見ることなく日本へ帰国します。この2年間、そしてこれからの希望について語ってもらいましたが、 
元商社マンとしてのノウハウが2年間でどれだけ伝わっているか?品質を管理し信頼を得ることの大切さをどこまで理解してくれているか?それがかなり心配なようでした。今後は阿蘇さんがこの事業を一手に引き受けてやっていくことになりますが、市場で他の米との競争が激しくなる中で喜徳の光が生き残っていく鍵は「信頼農園」という名の通りまさに流通や消費者の信頼を得ることに他なりません。

村の秋

村の秋

さて、午後からは小林さんの本来の派遣先である職業訓練日本語クラスでの授業の様子を取材しました。このクラスは学生の就職先を確保してその為に必要な技術を身に付けさせるために涼山民族中学内のクラスとして2003年に第一期が始まりました。
期間は2年でちょうど今年9月から第4期生が入学してきたところです。条件は中国語が話せることで今日が入学後3日目の授業でした。3日目なのにひらがなをほとんど覚えているのには驚きました。もちろんまだ会話にはなりませんが朝6時半に起床し夜は10時ごろまで勉強付けの毎日ですから、2年後にはきっとかなり上達しているのだろうと思います。

夜遅くまで授業する日本語クラス

夜遅くまで授業する日本語クラス

今、中国政府はこうした職業クラスに補助金を出すようになっていて、このクラスの生徒にも1人年間1500元の補助金が出ます。授業料は免除なので必要なのは教科書代と寮費で年間約800元、それに生活費を足しても実質ほぼ無料で2年間授業を受けながら生活できるのです(余ったら返します)
これまでに卒業した学生たちの中には上海や北京、浙江省など大都会の日系企業に就職している例も多いそうです。
この制度を利用するにもやはり中国語が出来なくてはなりません。イ族にとって親が話せない中国語を話せるようになることがどれだけ大事か再認識しました。

さて、夜10時ごろまで日本語クラスの取材をし、夕飯を食べてホテルへ。また恐怖の夜がやってきました。部屋のドアを開けると早速「ガサガサ」と動き回る黒く光る物体が! 1匹はロッカーに、さらに1匹はベッドの下に入り込みました。ここのゴキブリはとにかく大きいのです。その後スリッパ片手に奮闘しましたが確認しただけで何と10匹もいて戦意を喪失、寝ようとしても「カサカサッ」という音が気になって眠れません。結局朝4時ごろまで眠れませんでした・・・

2009 年 9 月 10 日

9月ロケ4日目:「喜徳の光」稲刈りの日&史上最恐の夜(1)

今日は喜徳県での稲刈りの日。朝から喜徳へと向かいます。標高1800mにもかかわらずまだまだ半袖で汗ばむ気温です。川を見ると水牛と子どもが同じ川で泳ぎまくっています。

泳ぐ子どもたち

泳ぐ子どもたち

泳ぐ水牛たち

泳ぐ水牛たち

稲刈りにはちょっと早いような気がするのですが、それには理由がありました。
10月末以降は新米セールが目白押しになって目立たなくなるため、今年は国慶節明け(10月12日以降)には出荷して一足早く売り出そうという戦略なのです。

イ族女性による出迎えの踊り

イ族女性による出迎えの踊り

カメラに興味津々の子どもたち

カメラに興味津々の子どもたち

到着するとイ族の民族衣装を着た女性たちが音楽にあわせて踊りで出迎えてくれました。
ところで気になる今年の稲の出来は・・・どうやらまあまあのようです。全員が一度に田植えをするのではなく少しずつ時期をずらしながら栽培しているため、何軒かは成長期が雨ばかりで不作だったようです。阿蘇さんによると、天気の他、有機栽培で農薬も使えないので虫害で全滅するリスクを少しでも減らすための作戦、そして不作の農家には信頼農園が金銭的な補償をすることで作付け農家を増やしていくつもりだそうです。

トウモロコシもシーズン ラマウジュさん

トウモロコシもシーズン ラマウジュさん

そして、稲刈り開始。脱穀も多くが足踏み式でまさに汚染のない世界です。ちなみにあの、女手一つで3人の子どもを学校にやったラマウジュさんの田んぼはまずまずの出来だったそうです。。。

稲刈りの様子

稲刈りの様子

ゴキブリ多発ホテル 眺めは最高だが・・・

ゴキブリ多発ホテル 眺めは最高だが・・・

さて、この日湖の近くに宿を移しました。このホテル、何と外観が船の形、部屋はまずまずの広さで景色は抜群、しかし・・・夜、夕食をとって部屋に戻るとドアを開けたとたん、黒光りした巨大なゴキブリを目撃!ちなみに私はゴキブリが大の苦手、これまで様々な国のどんな環境下でも気にせず眠れたのですが、これだけは退治しなければ眠れない!隣の部屋の児島記者に助けを求めようかと思いましたが、先輩としてはちょっと恥ずかしいのでやむなく備え付けのスリッパで退治に乗り出しました。恐くて写真も撮れませんでしたがとにかく大きいのです。もし飛んだらどうすれば?など考えているうちにゴキブリは移動、エアコンの裏に逃げ込みました。
どうしようもないので諦めてトイレに行くと、ドアを開けたとたんまたしても巨大ゴキブリ!排水溝に逃げ込みこちらも退治できず。以後トイレのドアを開けるたびに恐怖と戦うことになりました・・・

2009 年 9 月 9 日

9月ロケ3日目:長女の小学校へ

今回もホテルは空港まで50mの機場ホテル。朝5時おきで準備して7時半の飛行機で西昌へ向かいました。1時間弱の飛行で着陸、まだ8時半前です。チェックインして小林さんと待ち合わせ、早速向かったのは昭覚県で一番優秀な民族小学校。そこで長女のアイは宿舎生活をしているのです。西昌から天空村(大石頭村)を通り越して山道を100キロ、車で約3時間かけて昼過ぎにようやく到着しました。校門を入るとすっかり足もよくなったアイの姿が見えました。中国の学校の新年度は9月、進級にも試験がありますが彼女は1ヶ月休んだハンデを乗り越えみごと6年生になっていました。

寮の部屋で同部屋の子たちと

寮の部屋で同部屋の子たちと

いつでも勉強

いつでも勉強

まずは宿舎を取材、同じクラスの仲間たちとの共同生活ですがベッドや布団は清潔そうで見た感じは快適そう!洗剤や歯磨きセットもあってやはり山の小学校とは衛生環境からして全然違う印象でした。しかし学費は僅かですが、生活費と寮費などで実家の村の平均年収を超える年間2600元(約3万9000円)もの費用がかかります。必死で働く両親のためにも、がんばって将来の涼山州を担う人材になってほしいものです。ちなみに、アイと同部屋の子どもたちに将来の夢を聞くと、軍人、先生、医者、博士、中華料理屋とバラバラですがそれぞれに夢を持っていました。
その後、授業を見せてもらいましたが人数が多いのはもちろん、中国語の発音も、かなりレベルが高いなと感じました。

県で一番の小学校 人数も多くレベルも高い

県で一番の小学校 人数も多くレベルも高い

一生懸命学ぶアイ

一生懸命学ぶアイ

2009 年 9 月 8 日

9月ロケ2日目:今も残る震災の爪あと

朝から都江堰へ。都江堰は去年の四川大地震の際小学校が倒れたりして大きな被害を受けました。1年半が過ぎた今どのようになっているのか・・・。車で1時間半ほど走ると到着。
早速当時倒壊した聚源小学校へ向かいます。

聚源小学校跡地(新校舎は移転)

聚源小学校跡地(新校舎は移転)

この小学校は手抜き工事いわゆる「おから工事」が取りざたされています。当然撮影の規制が厳しく今年も共同通信の記者などが撮影しようとして拘束されたりしています。私たちも来る前に申請し震災復興現場の撮影許可はとっていますがこの場所を撮るとは言っていないので、いつものようにゲリラ作戦を決行、金さんが周囲の人々を引きつけ談笑している間に撮る事にしました。

ひっそり残るバスケゴール

ひっそり残るバスケゴール

まず目に入ったのは運動場、バスケットボールのゴールが今もそのままでした。そして奥の校舎が建っていた場所に向かうと、まだ新しい花やみかんが供えられ、ロウソクがあちこちに立っていました。報道によると生徒や先生、数百人が生き埋めになり死亡したとされています。今も瓦礫は残されたままで、新しい校舎は別のところに建てられたそうです。

まだ新しいみかん。弔いのロウソクも絶えない

まだ新しいみかん。弔いのロウソクも絶えない

撮影中、金さんから「そろそろ危ないよ」との連絡が入り、急いで撮影を終わらせて撤収しました。

町のいたるところで、ひびが入っている建物を取り壊し新しく立て直す光景が見られました。復興への動きも起きているようですが見た感じかなり時間がかかりそうです。
その後成都に戻って町の雑感を撮影してこの日のロケは終了しました。