4日目: 4月の植林の成果は?

2008 年 7 月 29 日 火曜日

朝、7時過ぎに起床。ナレンファさんはすでに起きています。昨夜の宴会は深夜1時ごろまで続いたそうです。昨日とはうって変わって快晴、みんなの大好物ホイツァイ(モンゴル風肉じゃが)を食べ砂漠へ。今日の撮影のメインは4月に植林した木や草がどれだけ根付いているか?それを見に行った坂本さんとナレンファさんの反応です。

前回と違い、今回の車は普通のワンボックス、当然砂漠の奥深くには入っていけず手前で止めて歩きます。乾燥していて気温もそれほど高くないのですが、太陽が皮膚にじりじり焼け付いてくるような感じです。

そして植林の場所に到着、楊柴はかなりの定着率のようで去年植えたものはきれいな花を咲かせています、乾柳という棒のような木は雨が少ないこともあり結構枯れているように見えました。それでも定着している木からは緑の葉が生き生きと伸びています。この状況を考えると私たちを悩ませた昨日の雨も、実は恵みの雨だったのかもしれません。


草地がかなり回復


坂本さんのインタビュー

植林活動について坂本さんのインタビューを撮り終え、なぜかついてきた70年代の古いジープの荷台に取材班と坂本さんの計6人が乗って砂漠道を走りました。何キロか行ったところで停車、植林後成長した沙柳、野生のサージをみてから草がひざの高さまである草地に入っていきました。ナレンファさんにインタビューすると「30年ほど前はオルドスにはこんな草地がたくさんあった」とのこと。この草地も周りを取り囲むように砂漠が迫っていました。


1970年代のジープ


荷台にすし詰め


エンジンに直接水をかけて冷やす

ナレンファさんの家に戻り、馬をたくさん飼っている隣人の牧民を一緒に訪ねました。中に入るとこの家の奥さんと、ご主人らしき人が座敷の真中にドンと座っています。ナレンファさんが親しげに話しているので会話を撮影。しかしよく見ると部屋の隅で寝転がっている人がいます。「この人は誰ですか?」ときくと「この家の主人だ」。「では、あなたは一体?」どうやらご主人はナーダムの宴会の続きを午前11時までやっていたらしく酔っ払って寝ているようです。ついさっき訪ねてきた友人が上がりこんでいたのでした。この村の人口は約500人、ほとんどすべての人が顔見知りなのでしょうが、たとえ知らない人でもすぐに家に上がり込んだり、仲間の輪に入って旧知の友人のように振舞ったり、現代日本では失われてしまった世界がそこにはありました。

午後はナレンファさんの家を後にしてウーシン旗の生態移民村に移動です。途中の道は前回来たときにはほとんど土色の世界だったのですが、わずか3ヵ月半で結構緑が目立っていました。禁牧の成果が出ているのでしょうか?6時ごろ移民村に到着、前回も取材したプルダさん、トゥヤさん夫婦と娘のアイラゴンちゃんを訪ねるとプルダさんは今から砂漠に残るお父さんのところに手伝いに行くのだそうです。アイラゴンちゃんは少し見ないうちに成長して女の子らしくなっていました。明日の取材のOKをもらった後は、恒例のダプ自然保護局長との宴会です。ここまでは何とか白酒をそれほど飲まずに逃げてきましたが今日はそうはいきません。


恒例 ダプ局長主催の宴

7時半から始まった宴会は最初こそ静かに語らっていましたが、歌手などがやってくると次第に盛り上がり、やや体調が悪かった私も飲めば飲むほど体が楽になるという不思議な現象に見舞われどんどん調子よくなっていきます。


がんばる児島記者と清水氏

児島記者も前回(4月)の教訓で無茶飲みはしていません。ふと横を見ると坂本さんは白酒(38度)のきつい味を消すためにビールを飲んでいます。さすが!(私たちはコーラです)

宴は2次会に入り近くのバーに。気がつくとダプ局長が帰り、さすがの坂本さんもやはりチャンポンが効いてきたのかホテルへ。午前1時ごろ最後に残った私と児島記者もホテルに、何とかこの夜を乗り切りました。 (金さんはまだどこかで飲んでいたようですが)



コメント / トラックバック 1 件

  1. 包 特布沁 より:

    お疲れ様でした、本当に心から感謝してます。

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