日本の森ビルが中心となって建築が進められている上海環球金融中心(Shanghai World Financial Center)を訪問。
今回、大阪帰任にあたり挨拶に伺ったところ、上層階に特別に案内してもらいました。(この場を借りて御礼申し上げます)以前も取材したときに90階あたりまで上りましたが、今回改めて驚いたのはその眺望のすごさ。地上500メートル近くの高さとあって、まったく視界を遮らない景色と共に上海市のシンボルであるテレビ塔(東方明珠)や金茂大厦を完全に見下ろすことができました。
完成すれば世界で最も高い位置にある展望台は、年間300万人の入場者を見込みます。北京オリンピック終了後の8月末から9月上旬が正式オープンで、開業すれば中国や上海の新しい観光名所になると思われます。またこのビルが位置する場所は、中国政府が開発を進める一大金融街です。
約1週間、日朝協議の取材のために北京へ出張しました。 梅雨の上海とは違い、気温は30度を越え暑い日が続いていました。
地下鉄は今月から自動改札が導入され、切符はICカードに切り替わっていました。前回3月に来たときは紙の切符だったので、磁気切符は一気に通り過ぎていました。
一方、北京の最大の観光地である天安門近くでは古い町並みが取り壊されていました。 残っているものも真新しい壁に囲まれ外部からは見えないようにされていました。中に入ってみると、そこにはしっかりと人々の変わらない暮らしが存在していました。 古いものが全ていいとは思いませんが、せめてそれを許容することもまた時にはさらけ出すことも必要と感じました。
先週12日14時28分(現地時間)に四川省で大地震が発生しました。 現在企画中の取材をするために四川省政府の方と西昌に向かうため私は成都空港にいました。弱い揺れの後、強い揺れが1分間以上継続し、空港ターミナルの天井が落下してくるのではないかと非常に不安を覚えました。普段地震というものに対する認識がない地元の人は、立ち尽くす人やいきなりあてもなく走り出す人などパニック、空港職員の避難誘導では一人はゲートへ一人は滑走路に誘導するなど大混乱でした。
被災現場は、悲惨の一言。翌日に取材した世界遺産にも指定されている都江堰では、多くのビルが倒壊していました。お亡くなりになられた方は収容する場所も無く路上に並べられ、多くの人は自宅を失い、降りしきる雨の中、ビニールシートをテント代わりに肩を寄せ合いながら救援を待っていました。
今回外国として初めて中国で活動する日本の救援隊も四川省に入り、活動を開始しています。日本の得意とするビルの崩壊からの救出などの「都会型」のチームが、最初に派遣されたのは青川という「農村」地帯。早急な対応と共に事前の打合せなど万全を期して一人でも多くの人が救出されることを祈るだけです。
過去例を見ない大災害ですが、当初の中国の対応発表は国家2級。つまり2番目です。初動対応の大切さも改めて考えさせられました。